ついにこの日が来た。出産日である。
前日の2月28日に妻は入院。私も入院手続きのために会社を休んだ。

朝の7時に病院に到着。
今日は下記の予定で進むことを聞かされていた。
・陣痛促進剤を打つ
・陣痛が来たら、麻酔を打つ(無痛分娩)
・その後は陣痛の高まりを待ちつつ、痛い場合は「麻酔スイッチ」で痛みをおさえる
・出産

ただ、これは予定通りいけばということで、もし翌日まで産まれてくる兆候が無ければ、「帝王切開」の可能性もあった。
私は「帝王切開」には否定的で、産後のダメージ・後遺症等に妻が悩まされる可能性を心配で、何とかこの日に無痛で産んでほしいという思いがあった。

まず陣痛室で、朝の陣痛促進剤。
ちなみに陣痛室はTシャツで過ごせるぐらい暖かい。外ではマフラーが必要な日でも。
促進剤を打って1時間経っても、妻はそんなに痛くないと言っていた。
そのタイミングで、お医者さんが往診に来てくれる、「状態見せてください」と。
「旦那さんは廊下で待ってください」と出される。廊下は寒い。
往診の結果、子宮口はまだ数センチしか開いていないので、「もう少し様子を見ましょうか」ということに。この時点で朝の8時半。

往診後、妻の様子に変化が…。
「痛い」と訴えはじめた。陣痛の間隔を記録するため、すかさずスマホアプリをインストールした(これが後で役に立った)。
アプリのおかげで、8時半から始まった陣痛は2、3分間隔で45秒前後続いていることがわかった。

痛みも徐々に強くなってきたようで、9時過ぎた頃には妻が「麻酔を早く打ちたい。まだかな、まだかな」と苦しみだした。
無痛分娩といっても「無痛」ではないことがわかった・・・1回目
陣痛が高まる前に麻酔を打ってしまうと、痛みとともに陣痛も遠のいてしまうらしく、この痛みには耐えねばならなかった。

そんな状況で助産師さんに助けを求める、「そろそろ麻酔を打ちたい」と。
助産師さんが分娩室を温めてくれる。部屋を暖かくすること、これが出産には必須なんだということがわかる。この時点で9時半ぐらい。妻はまだ陣痛の痛みに苦しんでいる。

しばらくし、ついに陣痛室から分娩室へ移動。高さも自由自在に調整できそうな大きなベッドへ。

分娩室へ移動して、しばらくして産婦人科医と麻酔科医登場!待ち望んでいました。
早く痛みを取り去ってあげて。
またもや、「旦那さんは廊下でお待ちください」とのこと。廊下は寒い。

分娩室へ戻ると、麻酔科医から簡単な説明があった。
「麻酔が切れてきたら、このスイッチを押すと、麻酔が追加されます」とのこと。
これは知っていた。この麻酔科医はこの後もう来ない。分業制。ただいま午前11時ぐらい。

嫁に聞くと「麻酔が腰をのけぞるぐらいの痛みだった。無痛じゃない」とのこと。
無痛分娩といっても「無痛」ではないことがわかった・・・2回目

麻酔を打った後は、陣痛の痛みも無くなり、妻の様子も落ち着いた。
麻酔で体が温まるらしく、ポカポカする感じがしていたらしい。
そのせいか、体に湿疹がでてきて、助産師さんや医師が少し焦っていた。
なぜか妻は、出産直前の2週間ぐらい前から、湿疹に悩まされて、全身を掻いていた。
ただ、これは産婦人科医に聞いても、皮膚科医に聞いても、妊娠とは直接の因果関係はないらしい。

とはいえ、陣痛の痛みが治まったことに、私も妻も安心した。
高いお金を払って、無痛にしたことに対して、正解したなと感じた。

「痛い思いをしなきゃ出産じゃない。子供への愛情も生まれない」という話を妊娠中に見聞きした。
私たち夫婦にとっては、「何それ?」という感じで、日本の間違った伝統・神話のように感じた。
おそらく、出産を経験している女性たちが、自身の選択や経験を肯定するための言葉のように聞こえた。
無痛分娩が一般的ではなかった時代、ほとんどの女性は自然分娩で子供たちを産んできているはずだ。
ただ、無痛分娩が選択肢の一つとして選べ、無痛分娩で出産を経験した女性が増えれば増えるほど、自然分娩崇拝主義のようなものは消えていくように思う。時代は変わる。

痛みは無いままでも、陣痛は着実に進んでいることが、助産師さんに聞いてわかった。
このあたりで定期健診の先生、つまり主治医も顔を出してくれた。
結局、主治医の先生は、いっさい分娩中は、手を出すことはなかった。
たまに見に来ては、「順調ですね。今日産まれることは間違いないです。3月1日が誕生日ですね」と声をかけてくれた。
その言葉が、私たち夫婦を安心させたのは間違いない。

私も一安心し、お昼時間も過ぎていたので、お腹が空いてきた。
助産師さんに「お昼に出たいのですが、どのぐらいの時間なら大丈夫か」を聞いたところ、
「30分ぐらいかな。1時間は長過ぎる」との返事が。
この言葉で本当に、「誕生」が近づいていることを実感した。